ネット直販メーカーの経営に奔走していた9年間、私のカーブミラー研究は完全に中断していました。事業を譲渡し、「さて、次は何をしようか」と考えたとき、ふと心に蘇ってきたのが、あの解決できていない結露の問題でした。
幸い、過去に集めた膨大なデータは手元にあります。もう一度、頭の中を整理してみました。
原因: 晴れた夜、ミラーが熱を宇宙へ放射(放射冷却)して、外気より冷えてしまう。
鍵: 風のない夜にだけ結露する。つまり、ミラーと空気の温度が「馴染んでいない」のが問題。
課題: 風を送るために外から空気を取り込むと、ゴミや虫が入る「穴」ができてしまう。
この「穴」の問題が解決できず、9年間、思考は止まっていました。
発明とは、水滴が石に穴を開けるように、同じことをひたすら考え続けることで、ある日突然、道が開けるものなのかもしれません。
9年間、心のどこかで引っかかっていた問題。それが、ある日ふいに解けたのです。
「外から空気を取り込む必要はない。ミラーの”内部”にある空気をかき混ぜるだけでいいんじゃないか?」
放射冷却で冷えるのは、まず外気に晒されている鏡面です。その内側にある空気は、鏡面よりもゆっくりとしか冷えません。ならば、この温度差のある内部の空気を小さなファンで撹拌し、暖かい空気を常に鏡面の裏側に当て続けてやれば、鏡面だけが極端に冷えるのを防げるはずだ。
このひらめきが、すべての突破口となりました。

早速、試作品を製作しました。ミラーの内部に、消費電力わずか1Wの小さなファンを取り付け、日没を検出して自動で動き出すマイコン回路を組み込みます。

そして、いつものように実験場へ。センサーとレコーダーを設置し、凍てつく寒さの中、ただひたすら結果を待ちます。
夜が明け、ミラーの後ろからそっと近づくと、裏面のツヤが他のミラーと違うことに気がつきました。「もしかしたら…」という期待を胸に、雪の中を駆け寄りました。
結果は、見事なまでの大成功でした。


写真がその証拠です。普通のミラーが霜で真っ白になっているのに対し、ファンを内蔵したミラーは、結露ひとつなくクリアな状態を保っていたのです。
「やったー!」
誰もいない雪景色の中、心の中で叫びました。18年。実に18年かかって、放射冷却の根本を理解し、それを逆手にとって最小限の電力で結露を防ぐ方法を、ついに見つけ出した瞬間でした。

この方式での消費電力は、一晩12時間動かしてもわずか12Wh。これなら小さな太陽電池で十分にまかなえます。メンテナンスの問題も、長寿命の充放電制御を施した二重層コンデンサーを使うことで解決の目処が立ちました。

こうして、
ミラーに穴を開けず
蓄熱材もヒーターも使わず
放射冷却を逆に応用して鏡面を露点以上に保つ
という、理想の方式が完成し、特許(特許第4382870号)も無事に登録されました。
しかし、私の心にはまだ一つ、腑に落ちない点が残っていました。そして、製品化に向けたコストダウンという、さらなるアイデアも必要です。
この物語、もう少しだけ続きます。今日はここまで。